プロフィール

塩入志津子

Author:塩入志津子
編集者・駅弁研究家
JTBガイドブック、旅、情報版など各種延べ800冊の制作編集に携わる。
1987年から2011年まで24年6ヵ月にわたり『JTB時刻表』巻頭グラビアページ「駅弁細見」を連載。北海道から沖縄まで、190社の調製元現場を取材、撮影、執筆。
賞味した駅弁は約1700食。
著書に『旬の駅弁名鑑800』(講談社)がある。

東京ガス主催「全国高校生駅弁チャンピオン大会」(テレビ東京系列)では、3年連続審査員を務める。ほか週刊誌などの雑誌執筆、セミナー講師、講演、TVなど。

ブログの文章トップで掲載の写真は、塩入が撮影。

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三十路(みそじ)のガウン

IMG_6800.jpg 
     お見せするのは恥ずかしいのですが、
このガウンは戦友です

ガウンと呼べるものは、写真の、これ一枚しかない。
愛用というものではなく、戦友かもしれない。
 
51歳のとき300万円の資本金で会社をつくった。
 
資本金の大部分は、親友の姉さんが担保もなしで貸してくれた。ある
製薬会社の重役の奥様で、親友との関係で親しかった。
親友が、私の留守中に現金をアパートの電気洗濯機の中に入れておい
てくれた。
 
こうして、小さな編集プロダクションが1982(昭和57)10月に生ま
れた。
3人のメンバーから、6~8人と次第に所帯もふくらんだ。
初めての経験
で内外ともに神経を使い、本人の気づかないうちに疲労がたまった。
 
3年目のころ、早朝、急激に左耳に痛みが走った。
天井がぐるぐる回っている。水が飲みたいと台所まで起き上がろうとしてもベッドから立てない。
 
会社がはじまるころ、やっと電話をして、仕事の相棒ほか二人がきてくれて近くの東京女子医大にかつぎこまれた。
検査をしたが、3人の医師が診ても原因不明であった。
 
優秀な耳鼻科のある恵比寿の病院を紹介され、その日のうちに移動。
こちらでも原因がみつからず、1週間、逆さまにされたり、レントゲ
ン攻めにあったりしたが、原因不明だった。
「開けてみたい」と中心の医師が相談にきた。
「どうぞ、早くあけてみてください」とお願いした。
まな板の鯉は、ジタバタしても始まらない。と思った。
 
手術になった。結果、疲労による風邪のビールスが、内耳に発生した。
 
仕事が忙しい時期だったが40日くらいの入院になるという。
少しは入院の準備が必要だ。日常品は手持ちがあるが、購入品目に、
ガウンと、くず籠があった。
ある女性のスタッフに、なにも注文をつけずに、この2点の買い物を
頼んだ。
その1点が、このガウンです。
 
日本にピエール・カルダンの製品が上陸直後のもので、材質は不明。
ある程度重量はあるが、シワがまったくよらないしなやかさで、着け
ると体にすっと寄り添う。病人にはこの上ない衣類に思えた。
 
頼んだのは、4人いる女性スタッフの中で、一番贅沢なものを身に着
けており、仕事も適格にこなす人だった。
 
買物でなにを選ぶかは、大切なことで、その人のそれまでのすべてが
出てしまう。
理屈ではないので、私は、ただ、あなたの好きなものを選んでちょう
だい、とだけ言った。
 
それから30年。ガウンの浮気をすることもなくただ一筋。ただただ
好んだ。
 
着けると、今は浅草のお寺の住職になっているという、これを選んで
くれた女性の顔や、久慈での結婚式で会えた、いつもひょうきんな彼、今、旭川で活躍している彼など、会社で苦楽をともにした人たちの、今、を想うのです。
 
きれいな水色の縁取りのガウンは、過酷な洗濯にもめげず、ほつれる
こともなく、色も、品位も落ちない。
 
30年前に生まれた会社は、私の不手際から、昨年(2015) つぶしてしまった。
その奮闘のありさまも、失意のころも、このガウンはみな見ていた。
彼女は、まさに戦友なのです。
       (2016/05/05) 
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