FC2ブログ
プロフィール

塩入志津子

Author:塩入志津子
編集者・駅弁研究家
JTBガイドブック、旅、情報版など各種延べ800冊の制作編集に携わる。
1987年から2011年まで24年6ヵ月にわたり『JTB時刻表』巻頭グラビアページ「駅弁細見」を連載。北海道から沖縄まで、190社の調製元現場を取材、撮影、執筆。
賞味した駅弁は約1700食。
著書に『旬の駅弁名鑑800』(講談社)がある。

東京ガス主催「全国高校生駅弁チャンピオン大会」(テレビ東京系列)では、3年連続審査員を務める。ほか週刊誌などの雑誌執筆、セミナー講師、講演、TVなど。

ブログの文章トップで掲載の写真は、塩入が撮影。

全記事表示リンク

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

通り過ぎたひと

 IMG_6559 (3)原宿151219
2015年12月の東京原宿
 

転居した年に、市会議員の選挙があった。
地図を頼りに広大な団地内の投票所を探して、責任を済ませ、
帰途につく。
 
家を出るとき、カメラをかかえてきた。
 
ぶらぶら、きょろきょろしながら、あまり大きくない公園に
たどり着いた。
うす紅色の、名も知らぬ花をつけた植物が被写体になってく
れた。
しばらくファインダーをのぞいていると、公園の外から女性
の声がする。
「写真を撮っているんですか。」
「ええ、選挙の帰りなんです」
「コーヒーをご馳走しますから、話をしませんか」
 
子どもではないが、知らない人と話すのは、あまり歓迎では
ない。しかも、まだ写真も撮れていない。
 
ただ、自分とは違う、ところに興味をもった。
 
私は、他人が何かをしている最中に、一面識もない人に、お
茶を飲まないかという誘いはできない。黙って通り過ぎてし
まうだろう。
でもこの女性はかなり強引に誘っている。きっと、積極的な
生き方をしている女性なのだろう、そんな人とお知り合いに
なってもいいかな、と思った。
 
少々、写真に心を残しながら、彼女について歩いた。
「この辺にコーヒーショップなんてありますか」と、私。
「ええ、私がよく行く店が駅のそばにあるんです」
「まだ、越してきたばかりで、いいお店もよく知らないんで
すよ」
「教えてあげますよ」
 
などと話しながら着いたのは、よく行くスーパーへの通り道
にある、コーヒー館だった。私の住まいは、駅から2分ほど
で、比較的にぎやかな通りに面している。でも、余計なこと
はしゃべらないで、店の椅子についた。
 
それからが大変だった。
 
話は、彼女の独壇場。
年は何歳? と聞かれて答える。あなたは?と問うと70
の半ば。これで、お互いの年齢は承知した。
初対面で、年を聞かれたのは、初めてである。
 
かつての仕事は、洋服の仕立て屋さん。今着ているのもみん
なお手製。俳句は、一日百首詠む。
東京で、ある会があったとき、上席に迎えられた。なぜなら、
生まれが熊本県の元士族の家柄で、そのことをちゃんと計算
に入れて席をきめてくれたのでしょう。と、嬉しそうに話す。
 
つまんない話だなあ。と思う。
 
私は、本をつくる仕事が好きな人間です。とだけ話した。
どうしても、というので、名前と電話番号だけ交換した。
 
着る物の型紙をつくってあげてもいいわよ。住んでいる団地
はいいところで、花もたくさん植えてある。私の家に来てく
ださい。その代り、私もきっとあなたの家へ行かせてもらい
ますから。
自分の行為にすぐ、対価を求める人をあまり好きではない。
 
いいえ、来ていただかなくて結構です。と、私は、心でつぶ
やく。
 
立て続けに、しゃべること、しゃべること。立て板に水のご
とし。相手にしゃべらせない。
 
会話の興味は完全になくなった。
この辺で、私は、深い後悔とあきらめの境地になった。
 
「放てば、手に満てり」と道元は言う。
 
なかなか難しいが、自分一人が得ようとしてはいけない。
持てるものを放しなさい。人に尽し、己を無にしなさい。
ということだと思う。手に満つるものは、、物質とは限ら
ない。魂の美しさかもしれない。
 
会話は、両者が相手の話に耳を傾けて、はじめて成り立つ。
 
「話す」は、「放つ」ことで、話している人間は、自分を解
放しているので、ひたすら気持ちがよい。が、聞く側は、
忍耐と思いやりの重労働なのである。と、ある心理学者は書
いている。
 
91歳になる姉は、会うたびに同じ話が出る。
私は、初めて聞くような顔をして、にこにこ何度もうなずく。
 
でも、彼女とは、今日会ったばかりだ。
本をつくる仕事と聞いたら、読書の話などに方向が行かない
ものかしら。この人は、暇つぶしに私を誘った。
のこのこついて来る人間も、大したことない。と、自責の念。
 
変な興味をもつから、こんなことになる。
早くこの人と別れたい。・
30分くらいたったので、用事にかこつけて「お話」を聞くの
をやめた。
 
家はこの近所ですか。どこですか。ええ、近くです。ああ、
何となくわかりました。という。やたらに他人の領域に踏み
込む人は、気の毒だ。
 
そして、言った。
「それじゃあ、お茶代は割り勘にしましょう」と、彼女。
 
認知症を疑った。
 
始めから、払っていただく気は毛頭ないので、430円をテー
ブルに。彼女も財布を開けた。すると、「私は、トイレに行き
ますから、払っておいてください」と、てきぱきと言う。
 
この人の辞書には、礼儀と約束の文字が欠落しているのだろ
う。
 
あきれて、思わず顔をながめた。でも、これで、二度と会わ
ないのだからと黙ってレジに立った。
 
始めての経験だった。こんな人もいるのだ。
この人は、一日百句もの俳句をなんのために詠んでいるのか。
 
なんとなく、さびしい1日だった。
私より若い女性(といっても75歳)であるから、いっそう、
残念だった。
 
その後、彼女から、幾度となく留守電に連絡があった。
 
ただ、ずっと時間がたって、ふと、彼女は本当に「認知症」
だったのではないか、と考えた。
 
もしそうなら、私は、「とても悪い感じ方をしてしまった」と
迷っている。
                     (2015/12/30
 
 
 
スポンサーサイト

COMMENT

EDIT COMMENT

非公開コメント

ブログ村ランキング
応援のクリックをお願いします
著書の紹介
検索フォーム
アクセスカウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。