プロフィール

塩入志津子

Author:塩入志津子
編集者・駅弁研究家
JTBガイドブック、旅、情報版など各種延べ800冊の制作編集に携わる。
1987年から2011年まで24年6ヵ月にわたり『JTB時刻表』巻頭グラビアページ「駅弁細見」を連載。北海道から沖縄まで、190社の調製元現場を取材、撮影、執筆。
賞味した駅弁は約1700食。
著書に『旬の駅弁名鑑800』(講談社)がある。

東京ガス主催「全国高校生駅弁チャンピオン大会」(テレビ東京系列)では、3年連続審査員を務める。ほか週刊誌などの雑誌執筆、セミナー講師、講演、TVなど。

ブログの文章トップで掲載の写真は、塩入が撮影。

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玉川先生

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高校二年生の筆者 (右)


私は、1945年8月の終戦を、鳴子温泉の隣、宮城県川渡
村(かわたびむら)で経験して、2カ月後に東京に帰った。
 
浅草の家は焼けてしまったので、競馬場のある、国鉄下総中
山駅前で食堂を営む母の友達を頼り、元料亭の離れを借りた。
 
毎晩の空襲警報で、電気に黒い布をかけるという不安な生活
からとにかく解放された。空襲されることもなく、学校へ通
えるようになった。
 
今も御徒町駅から歩いて5~6分の学校は、残った。
 
学校が人生のすべてのような年代だった。
 
玉川先生という歴史の先生がいた。長身痩躯、眉が太く、鼻
筋が通って高倉健のもう少し痩せ形の雰囲気だった。素朴さ
と誠実、内に気概をもった方だった。30歳くらいだったと
思う。珍しく、着物に、はかま姿のこともあった。
 
30歳くらいの年代の先生が終戦直後の女学校になぜ存在し
たかは、わからない。
戦地へ赴いていたなら復員が早かったか、軍隊が内地勤務だ
ったか、など、今では記憶が定まらない。
 
歴史の授業は微妙な時代だった。教科書は、新聞紙の紙質、
墨一色のもので、B5サイズに折りたたんだだけの、綴じて
もいない粗末なものだった。
 
戦後間もない、あらゆる価値観がひっくり返った、敗戦国
日本で、歴史を教えるのは、難しかったと思う。
 
授業の内容は皆目記憶にないが、たった一つだけ、先生が
強調したことがある、
 
歴史は部分だけ見ていてはいけない。
自国の歴史と並行して、世界をみること。その前に君たち一
人一人が、自分の頭で訓練した判断力をもつこと。そのため
には、本を読むこと。
 
このことは、今も私の頭をはなれず、学びや仕事の基底とな 
っている。
 
歴史というより、哲学の先生のような印象だった。
 
冬のある日の夕方、あたりが闇色になりつつあるころ、友達
と校門を出た。ふと見ると黒いインバネスを羽織った玉川先
生が、同級生の一人をかばうように、着ているインバネスを
ひろげて、彼女を包んで立つ姿があった。
それを見て、ああ、先生に話をしたのだ、と思った。
 
(インバネスは、スコットランド北部の地名。ケープ付の男子用袖無し
外套。幕末から明治初年にかけて輸入され、和装用コートとして流行.
トンビ。二重廻し。広辞苑第五版:たしか、テレビで見たシャーロッ
ク・ホームズも着ていたような気がします。塩入)
 
彼女は、そのころ、父を失い、経済的に通学が無理になって
悩んでいた。府立から都立になった学校だから、月謝も低額
だが、それでも困難のようだった。
学校はやめたくない。というのは、わかるが、学友の私たち
にはどうしようもなかった。彼女は泣いていた。先生は、愛
する妹のように、彼女を温かく包んであげていた。
 
私と友達は、そっと、足早に通りすぎた。
昭和21年、15歳、高校二年生だった。
 
それは、現代でなにかと、表現されているような、師弟のそ
れではなかった。玉川先生を知る生徒は、みんなそう思うだ
ろう、そう解釈するであろう、なにか純粋で透明な、人と人
との理解や思いやりが、外側の美形となったような姿に、私
には見えた。
 
70年前の女学校(高等学校)の校門近くでの光景が、なぜか
今も鮮やかに残る。
 
それから8年後くらい、出版界の一隅で生きるようになった
ころ、「玉川先生は、岩波書店の校閲部に入られた」という
話を聞いた。
 
当時、岩波書店の書籍には、「誤植が1字たりとも無い」とい
う定説があった。
 
玉川先生らしいなあ と思った。
 
父も愛用していた黒いインバネスと、先生の言葉やインバネス
姿とが重なって、私にとって玉川先生の記憶は、昭和の女学校
時代のかえがたい宝物になっている。
2015/06/08
 
 
 
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