プロフィール

塩入志津子

Author:塩入志津子
編集者・駅弁研究家
JTBガイドブック、旅、情報版など各種延べ800冊の制作編集に携わる。
1987年から2011年まで24年6ヵ月にわたり『JTB時刻表』巻頭グラビアページ「駅弁細見」を連載。北海道から沖縄まで、190社の調製元現場を取材、撮影、執筆。
賞味した駅弁は約1700食。
著書に『旬の駅弁名鑑800』(講談社)がある。

東京ガス主催「全国高校生駅弁チャンピオン大会」(テレビ東京系列)では、3年連続審査員を務める。ほか週刊誌などの雑誌執筆、セミナー講師、講演、TVなど。

ブログの文章トップで掲載の写真は、塩入が撮影。

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歴史と向きあう

1407エッセーブログ 
東京 東中野の路傍にて



69年前の3月、浅草でB29の爆撃体験者である私は、新聞や
テレビで、東京大空襲や原爆の記事を目にし報道に接すると、
本能的に引き寄せられる。

本年7月3日付読売新聞、「論点」欄でドキュメンタリー映画
監督の東 志津(あずま しづ)氏の作品『美しいひと』につい
ての記事もそのひとつ。

『美しいひと』の主人公は、日本、韓国、オランダの原爆被爆
者である。

日本は世界で唯一の被爆国といわれるが広島・長崎で被爆した
のは、日本人だけではない。悲劇は国を超えて今なお続いてい
る。その現実を、各国の被爆者に会って被爆当時の話、その後、
どう生きたかを訪ねて映像化し、戦争とはなにかを伝えたいと
つくられた映画である。という。

という---- というのは、まだ私はこの映画を観ていない。4月
に長崎で完成試写会があり、8月から大阪、横浜、名古屋で公
開されるということなので。

観ていないのに、おこがましいのですが、この映画制作にまつ
わる様々な事柄に感動や未知の眼を開く機会を与えられたので、
そのことを書きたいと思いました。

広島、長崎の原爆犠牲者約21万人のうち、4万人が朝鮮半島か
らの移住者や強制連行の労働者であったという。

朝鮮半島は当時、日本の植民地であった。
私は小学校の同級生に韓国の人がいて、担任の先生から「あなた、
ニンニク臭いわよ」
などと同級生全員の前で言われていたことがある。子供心に、
「みんなの前で言わなくても」と思ったことを覚えている。

現代の若い人は、なんで、そんなに韓国人が日本にいたのだろう
と思うかもしれない。これは、近、現代史教育の欠如だと思う。

日本で被爆した韓国の人は、韓国のハプチョン原爆被害者福祉会
館で、今、余生を送っている。

70代から90代の人びとは、日本で生まれ育って、日本で教育を
受けて、友達もたくさんいるので、日本を故郷のように思ってい
る。

彼らより上の世代の人々は、大人になってから無理やり連れてこ
られたので、憎しみがあると思うが、今、このハプチョンにいる
人たちは、「広島が恋しい」とおっしゃる。と、東監督は語ってい
る。

また、長崎の爆心地近くの捕虜収容所にいた連合国軍兵士195人
が被爆。7名が亡くなった。その中で多かったオランダ人被爆者3
人を訪ねて話を聞いている。

当時、日本軍の侵攻でインドネシアのオランダ軍は降伏。(かつて、
インドネシアは、オランダの植民地であった) オランダ軍の若者
の多くが捕虜として日本に送られ、強制労働をさせられた。捕虜だ
けでなく、教会のシスターなどもいた。
今でも、インドネシアでの戦争被害の補償を求めて日本大使館の前
でデモをしている人たちを見るという。

日本では、長崎で被爆した、龍(りゅう)智江子さんにインタビューし
ている。
廃墟の前にぼうぜんと立ち尽くす龍さん、その足元の真っ黒焦げにな
ったお母さんの遺体。この写真は、私も見た記憶がある。
 
この龍さんは、2012年に映画を撮影した時は83歳。今は85歳で長
崎の上映会で再会したときは、もう私のことはわかっていない。自分
が映画に出演したことは忘れているが、映画を観て自分が出ていると
いうことはわかるという状態だった。と東監督は語る。

歴史の体験者は、年々減少していく。

長崎被爆の龍さんとお母さんの残酷な写真。
「こういう原爆の写真というのは私たちにとっては原爆の悲惨さを知る資料なんですね。でも写っている人にとっては、ひとつの遺体にしてもその瞬間までそれぞれの人生があったのに、そういうところまで自分の思いが至ってなかったなという後悔もこめて、ひとつの写真からひとりの人の人生をたどってみたいと思いました」
と、東監督は述懐する。

1970年代以降、被爆後、30年くらい経ってやっと海外に住む被爆者に被爆者手帳が出るようになった。

それまでの生活の苦労は、はかりしれないものであったろうと、東監督へのインタビューで語りかける編集者。
朝鮮半島出身者の被爆者は、国に帰ってから白血病や癌で亡くなった人もたくさんいるという。

被爆者にたいする差別は、日本も韓国も同じだろうなと思うのですが、海外の被爆者に対し、なにもせずほっておいたという状況も一般の人はほとんど知らないですよね。と編集者。これに対し、東監督がいう。

「文句があるならアメリカに言え」という人もいますが、サンフランシスコ講和条約を締結した時に「原爆にたいする補償を求めない」という約束をした上で、それと引き換えにこの国はまた独立、繁栄したわけです。なので、落としたのは、アメリカだけど、そういう約束をした以上、日本も責任を負っていかなくてはならないのです。

私はこのことを知らなかった。
友人と議論をしているとき、韓国や中国は今だに補償だの慰安婦問題だのと言うが、日本は、原爆の補償など要求していないと憤っていた。

戦後の高等学校教育でも、このような歴史事実があったことは、教わらなかった。あらゆる会話のなかでも、この事実を話した人は周りにいなかった。そして、東監督も今回のパンフレットをつくるまで知らなかった、という。
私は、自分の国についてこんな大事なことを知らなかったことを恥じた。

東監督は、2009年、文化庁の新進芸術家海外研修制度で1年間パリに滞在。街の至るところに、第2次世界大戦中に犠牲になったユダヤ人を悼む銘板や追悼碑を見る。

戦後何十年かはナチス・ドイツにひたすら責任を押し付けるような形だったが、近年になって、実はヨーロッパ全体がユダヤ人迫害に走っていたということに向き合うことになった。

EUの共同体としてやっていくためには、そのことを乗り越えていかなくてはならない。真正面から向き合って、若い人たちも歴史を知りたいという機運というか、社会の雰囲気があります。

歴史と向き合うという意味では、日本より数段成熟しているなと感じました。と東監督は語る。

ユダヤ人迫害を遂行したのは、ナチス・ドイツだけではない。ヨーロッパ全体が加担していたという歴史認識が、今日では一般的になりつつある。
徹底的に歴史と向き合い、そこから、人間の内面にある危うさをさぐりながら、ヨーロッパの人々は静かに過去と闘い続けている。

日本は歴史を感傷で乗り越えようとはしていないだろうか。
それでは本質にたどり着けないと思う。
人間が人間に何をしたのかを、原爆は問いかけてくる。と語る東監督。

さて、日本人の歴史、69年を経た第二次世界大戦との対峙の仕方はどうか。
長い歴史を持ちながら、日本には「個」の育つ歴史がもてなかったのではないか。御かみ,お上のいうことは間違いない、ごもっとも。

大部落社会のように、同一民族が助け合いながら、少しぐらいの過ちは内内で見逃して、あまり荒立てないで生きてきた。
今回の、東 志津監督のような「個」をもった女性も存在するが、東京都議会という公の場で、女性議員はあれだけセクハラの言葉を浴びせられても、檀上で下を向いて苦笑いをしていた。
なぜ、その場で、すぐに堂々と大声で指摘しないのか。あなたは、同格の議員ではないか。

後になり大勢に支えられて抗議をするのでは「六日のあやめ、十日の菊」であると、私は思う。

自分の不力も嘆きながら考えるが、今の日本という国の矢印の方向をじっと、観つめ直す必要があるのではないか。自分の命がかかっているのですから。

どこかの国の副総理の「憲法改正は、ワイマール憲法のように、ヒトラーに見習って、ある日突然、ナチス憲法に変わっていた。というあの手を使ったらどうか」
という程度の歴史認識をご披露して、無知と非常識で世界を呆れさせた政治指導者がいる国。そういう指導者を辞めさせられないこの国。

ヨーロッパのナチスに対する歴史認識についての姿勢を聴くにつけ、日本の場合、遠因は、戦後からの日本の歴史教育、特に、近、現代史にあるのではないか。など、最近よく思うのです。

とここまで書いてきたとき、本日の新聞にアメリカの歴史学者ロバート・ジェイコブスさん(54) が、原爆や核実験で被害を受けた世界中の人々の証言をインターネットで発信する計画を進めている。という記事(7月25日 読売)があった。

ジェイコブス氏は広島市立大学の教員。広島で、多くの被爆者から話を聞き、衝撃的だった。何もしなければ100年後には忘れられる。と感じたのが原点という。
原爆投下70年目にして、うれしいニュースです。
                                                                     (2014/07/25)


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