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プロフィール

塩入志津子

Author:塩入志津子
編集者・駅弁研究家
JTBガイドブック、旅、情報版など各種延べ800冊の制作編集に携わる。
1987年から2011年まで24年6ヵ月にわたり『JTB時刻表』巻頭グラビアページ「駅弁細見」を連載。北海道から沖縄まで、190社の調製元現場を取材、撮影、執筆。
賞味した駅弁は約1700食。
著書に『旬の駅弁名鑑800』(講談社)がある。

東京ガス主催「全国高校生駅弁チャンピオン大会」(テレビ東京系列)では、3年連続審査員を務める。ほか週刊誌などの雑誌執筆、セミナー講師、講演、TVなど。

ブログの文章トップで掲載の写真は、塩入が撮影。

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加害の記録

エッセー1405 (2) 
100頭、羊500頭が使われた



人はだれも、こころの故郷をもっているのではないか。

良きにつけ、悪しきにつけ、自分の中に浮かぶ最後のよりど

ころ、とでもいうのだろうか。

 

私にとっては、昭和という時代に起きた太平洋戦争であり、

東京大空襲で失った父と、南方で玉砕した兄、酒屋の商売を

していた、浅草の我が家での日々の暮し。

 

恐い父、良く働く母、4人の兄、3人の姉、店の番頭さん、

小僧さん。ごちゃごちゃと145人の人間が、朝と夕べは必

ずいっしょのちゃぶ台(座卓)で賑やかに食事をした光景で

ある。

 

長じて仕事で日本全国をまわって、日本が視覚的には身近に

なった。そして、日本をまるで知らないことにも気づいた。

自分の昭和を知りたいと思った。

 

うまく言えないが、自分のいる位置の確認が必要と感じた。

以後、怠けて、長い時間が過ぎた。

 

そんな時、大変な書物に出会えた。

森村誠一著『悪魔の飽食』新版 第1部~第3部(角川文庫)

である。

 

本書は、ナチのアウシュヴィッツと並ぶ、世界二大戦争犯罪の

一つとされる、日本の関東軍731部隊、すなわち日本陸軍細菌

戦部隊の実録である。

 

主として、石井四郎中将を部隊長(部隊長をはずれた時期もあ

った)とする731部隊は、1933(昭和8)年、旧満州国ハル

ピン市近郊の平房(ピンファン))で誕生。終戦の1945(昭和

20)年まで存在した。

 

目的は、細菌兵器の生産で、腸チフス菌、赤痢菌、ペスト菌、

嫌気性菌(破傷風菌等)などを培養、三千人以上の捕虜を対象

に、非人道的な生体実験が行われた、細菌兵器の大量生産で

ある。

「生物学と医学を兵器に転用して、国際法上で禁止されてい

る細菌戦を実行した」(第2部解説松村高夫)ものである。

 

『悪魔の飽食』の3部作は

第1部 731部隊の成立、その実像を紹介 

第2部 アメリカ側の資料にもとづくその全容

第3部 中国での現地調査による731部隊

となっている。

 

この3部を通じて

作品の成立には、生存隊員、それも下級隊員の証言なくし

ては不可能であったこと。

731部隊の研究成果は、部隊長以下の戦犯取り下げと引

き換えにアメリカの手にわたった。

その点で、始めに731部隊の存在を知ったロシアとの間

に、データ取得の攻防があったこと。

アメリカは、「とてもわれわれの実験室では良心が許さない

実験データ(日本が数百万ドルと数年かけた)をたったの25

万円の端金(はしたがね)で手に入れられた。」と話しているこ

と。

 当時世界最新の細菌データの山を入手したアメリカ軍当局

は、狂喜した。という記述。

 

「世界史上空前の細菌戦を実施し、三千人以上の人間を抹殺、

“消費”した第731部隊はほとんど無傷のまま戦後の日本

に生き延びたのである。」(新版第1部P292)という内容が私

には、痛く残った。

 

著者は、「ペア・ワーカー」とともに膨大なエネルギーと私費を

投じての取材により、この実録を完成させた。

私の入手したものは、新版だが、初版と続版が出版されたとき

は、多くの人々に強い衝撃を与え、ミリオン・セラーとなった。

 

そのなかで、続編で寫眞の誤用問題(1982914)が起き、

世間の凄まじい糾弾の集中砲火を浴びた。という。

 

朝起きると、玄関ドアは赤ペンキで塗られていた。窓には投石、

無言電話、マスコミからは袋叩きにあった。

外出時は、防弾チョッキを着用。

反対勢力の機関紙は「森村誠一暗殺計画」を特集、神奈川県警

が朝9時から5時まで家を護衛してくれた。

 

「この実録の内容の重さと、社会的影響の大きさを考えれば、

当然の成り行きであるが、誤用問題を契機に、日本の軍国主義

の復活を望みその告発を喜ばない勢力につけ込まれることとな

った。」と、新版発行にあたっての序文で著者は記している。

 

「いったん絶版になった『悪魔の飽食』は、当時の角川社長の

英断で、角川書店から再発行された。角川書店では、まず第一

に社長のセキュリティ対策を講じたと聞く。総合出版社たるも

の、ただ一冊のために危険を冒すべきではないという社内の

反対を押し切って、このままでは、日本の表現・言論の自由が

一歩後退すると、あえて火中の栗を拾った社長の決断であった。

『悪魔の飽食』は反対勢力の攻撃の中、三部作を完成した。」

(森村誠一『作家とは何か』2009年角川書店)

 

さらに、著者は書いている。

「『悪魔の飽食』事件以後、日本は、憲法によって言論出版、表

現の自由を保障されているにもかかわらず、実際には三つのタブ

ーがあることを知った。

 

一は、戦争犯罪の告発。

二は、天皇および天皇制の批判。

三は、差別問題である。

これらのことを書き、発表しようとするからには、筆者も出版

社も相当の覚悟をしなければならない。」と。

 

著者は1933(昭和8)年生まれ。

『悪魔の飽食』第1部は、1983(昭和58)年に発行された。

著者50歳である。作家としても円熟期である。

 

著者は、『悪魔の飽食』について、

「自分はこれを描き、伝えるために生まれてきた。そんな情熱

を呼び起こす作品であった。」と、記している。 

 

この世に生を受けた人間として、また、作家が作家としての己

に与える、作家冥利とも言える言葉である。

 

多くの名作を持つ著者であるが、私も『悪魔の飽食』は、この

作家最高の作品だと思う。

2008年に接して以来、改めて読了した。 

 

最近、メディアで騒がしくなっている問題などが、根本で、この

著書と無関係ではないことを切実に感じる。

 

そして、著者の

「平和時に反戦を唱えるのはたやすい。だが国民全体が戦争の狂

喜に取り憑かれたとき、冷静なブレーキとなるのは、過去の正確

な記録である。それは戦争体験のない人々にも戦争の正体を晒し

てくれる。」(第1部P300)

 

「戦争の記憶は風化しやすく、歴史の教訓は忘れられやすい。

戦争体験をもつ世代は、それをもたざる世代に、語り継いでいか

なければならない。

武勇伝や戦記としてではなく、戦争の構造と本質をつたえなければ

ならない。」(第3部P164)

 

という言葉を、戦争体験者として、今噛みしめている。

                       (2014/05/22

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