プロフィール

塩入志津子

Author:塩入志津子
編集者・駅弁研究家
JTBガイドブック、旅、情報版など各種延べ800冊の制作編集に携わる。
1987年から2011年まで24年6ヵ月にわたり『JTB時刻表』巻頭グラビアページ「駅弁細見」を連載。北海道から沖縄まで、190社の調製元現場を取材、撮影、執筆。
賞味した駅弁は約1700食。
著書に『旬の駅弁名鑑800』(講談社)がある。

東京ガス主催「全国高校生駅弁チャンピオン大会」(テレビ東京系列)では、3年連続審査員を務める。ほか週刊誌などの雑誌執筆、セミナー講師、講演、TVなど。

ブログの文章トップで掲載の写真は、塩入が撮影。

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手ごわい エルメス

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第二次世界大戦直前、マレーネ・デートリッヒがエルメス本店を訪れてドレスを注文した。

社長のエミール・モーリスはこの絶世の美女のために鹿革のスエードをあしらったイヴニング・ドレスをこしらえた。

デートリッヒは、一目見るなり「素晴らしいわ」 と溜め息をついたが、九千フランという値段を見て「お値段の方も」と、もう一度、溜め息をついた。

エミールは言った。
「でも、マドモアゼル、このドレスなら二回は着られますよ」

へえ、それでも一回あたり四千五百フランね、などと小ざかしい計算で話題を閉じてはならない。
途端に、あなたの顔が下品に見えてくる。

社長のエミールは、ヨーロッパの社会の、ごく普通のルールを口にしたにすぎない。

以上は、草柳大蔵著『なぜ、一流品なのか 読むおしゃれ・24章』(大和書房)「エルメスの仕事場の中味」の章の一節。

第二次世界大戦勃発が1939(昭和14)年9月、ドイツ軍がポーランドに侵攻したとき。その直前というと1935~6年だろうか。

少々大雑把なデータで恐縮だが、1928年だと、1フランが日本円で約200円。九千フランというと、約180万円。
マレーネ・デートリッヒのような大女優が溜め息をついたほどだから、この数字もほぼ近いのではないか。

エルメスは、1837(天保8)年、創業者のティエリ・エルメスが高級馬具の製造工房をパリ・ランバール通りに開店。ナポレオン3世やロシア皇帝などを顧客に発展。176年の歴史がある。

2代目のエミール・シャルレが現在地のフォーブル・サントノーレに移転。付近にはエリーゼ宮、外国公館が並び、王侯貴族の来店がひっきりなしだった。

5代目ジャン・ルイ・デュマ・エルメスになって、世界23か国に出店。スカーフが14秒に1枚売れている。全製品の約70%が輸出にまわされるというのに、「ライセンス生産」は一切しない。全部本店づくり。

テュマ・エルメス氏は言う。エルメスの製品に使われる材料は、革にせよ絹にせよ、あるいは銀やべっ甲にせよ、昔から純粋な材料を使っている。しかも仕上げがしっかりしているから、もちがよく、一生の間使ってもらえるものだと思う。

つまり、それはそのひとの人柄ともなるべきものです。
(以上、草柳大蔵著『なぜ、一流品なのか-----』「大和書房」)

エルメスのスカーフは、日本の若い女性も、身に着けているのをよく見かける。
ただ、シックな姿にはあまりお目にかからない。

私も若いとき、エルメスのスカーフが欲しかった。
でも、エルメスの店をのぞくと、なにか気おくれする。見るのは好きだが、太刀打ちできないような気がして、やっと、なんとか買えるようになっても、手にしなかった。

ただ持つだけではつまらないので、買ったら身につけたいと思ったからである。

25年前、仕事の相棒が、アメリカへ行ったときのお土産にと、エルメスのスカーフをプレゼントしてくれた。

ブルー地を基調にサムライが馬に乗った姿がテーマで、なんとも素敵だと思った。
ところが、どうも、このズッシリした重みのシルクのスカーフが、どの服にも、いつの自分の顔にもあわないのである。

何度も家でためしてみるが、しっくりこない。というわけで、せっかくお土産にいただいたが、そのご本人は、私が身に着けたスカーフを一度も見ないうちに、亡くなってしまった。

25年たっても、そのスカーフで外出したことはない。

一枚の絹の布。どっしりした風格を備えたともいえる、その存在感。と、いつも気になって不思議だった。

あるとき、名文家のファッション・ジャーナリスト、光野 桃さんの文章に出会った。(『わたしのスタイルを探して』大和書房)

「エルメスのスカーフは日本の若い人の間で、人気が衰えないという。---------しかし、あのズッシリと手ごたえを感じるほどのヘビーシルクのスカーフは、若い娘には太刀打ちで
きないものではないかと思うのである。その絹の、なにものをも寄せ付けない風格の前には、未成熟ゆえに曖昧な顔は負けてしまう。--------」

「だから、エルメスを蝶のように顔の前で結んで、半ば反りかえるようにして歩いている若い人を見ると、おおっ、エルメス様のお通りだ、などと思ってしまうのである。

さらに、耳に痛い言葉がつづく。

「エルメスのスカーフをして、それに負けず、しっくりなじませるためには女としての年季がいる。いや、むしろ、人として生きた歳月が必要なのだ。

エルメスに限らず、ヨーロッパの一流品はすべてそういうものなのだと思う。身に着けるものの方が負けてしまっていたのでは、人も物も浮かばれない」

これで、私のエルメスのスカーフの、不思議がわかったのだが。

さて、そのことを、喜んでいいのか、嘆かわしいことなのか、複雑な気持ちであります。
                            (2013・3・19)
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