プロフィール

塩入志津子

Author:塩入志津子
編集者・駅弁研究家
JTBガイドブック、旅、情報版など各種延べ800冊の制作編集に携わる。
1987年から2011年まで24年6ヵ月にわたり『JTB時刻表』巻頭グラビアページ「駅弁細見」を連載。北海道から沖縄まで、190社の調製元現場を取材、撮影、執筆。
賞味した駅弁は約1700食。
著書に『旬の駅弁名鑑800』(講談社)がある。

東京ガス主催「全国高校生駅弁チャンピオン大会」(テレビ東京系列)では、3年連続審査員を務める。ほか週刊誌などの雑誌執筆、セミナー講師、講演、TVなど。

ブログの文章トップで掲載の写真は、塩入が撮影。

全記事表示リンク

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

手紙

Scan0020.jpg 
手紙を書いていますか


若い人には想像もつかないでしょうが、電話が普及していなかったころ、連絡手段は手紙か人づてだけだった。一般家庭に電話が入っても、礼状や不幸のお悔みなど、また、用事がなくても近況報告に手紙を書いていた。

パソコンや携帯メールが便利で、今や、おおかたの用件はメールで済んでしまう。
でも、メールは、人の顔や息遣いもない極めて無機質なもので、なんとも物足りない。便利さと、本当に伝えたいこととは使い分けたい。

と思い、今だに礼状や大切なことは、手紙と決めている。

絵葉書などは、相手に合わせて選ぶ。手紙は、便箋や封筒を選び(なかなか楽しい)なるべく書きいい筆記具、万年筆か筆ペンなどで縦書きでしたためる。ボールペンは文字に表情がないので、使わない。

書くというのは、会話のときの身ぶりや口調で補えない分、考えなくてはならないので、頭の訓練にもなるのではないか。なによりも相手の立場になれる機会でもある。したがって、配慮も必要だ。相談ごとでもない限り、あまり延々と自分のことばかり書かないほうがよいと思う。

もっと突き詰めれば、賀状で、親類縁者は別として、公の付き合いの方に、子供の笑顔一杯の写真がのったものなども避けたほうがいいと思う。世の中には、子供がほしくてもかなわない人や亡くした人もいるのだから。

と考えてくると、ちょっとユーモアもあり、たのしい手紙もいいなあ、と思う。

作家の故山口瞳さんが、敬愛する高橋義孝先生からの手紙を、その著書『礼儀作法入門』の中の「手紙の書き方」(新潮文庫、平成14年版)で紹介している。
(高橋義孝:1913~1995 .日本のドイツ文学者、評論家、随筆家、内田百閒に師事。洒脱な趣味人としても知られた 註・塩入)

山口瞳さんは、
先生の三男の結婚の仲人を頼まれ、結婚のお祝いとは別に三男の方の兄貴分になるため、レインコートをつくることになった。そのレインコートが出来てきたようで、先生からハガキの礼状がきた。その文章がバカに調子がいい。おかしいなと思っていると、最後に、このハガキは「煙も見えず雲もなく」で歌ってくれと書いてある。という。

厚かましくも生意気に、暢(とおる、三男の名)の野郎はチロル(洋品店)まで。
出向いて洋式雨合羽(あまがっぱ)、一着頼んで来たようで。
貧乏おやじの私は、たゞたゞ恐れ入るばかり。
代わりと申しちゃなんですが、春になったら博多から、
献上の兵児帯(へこおび)一本を、お送りしようと思ひます。
それは相撲の夏帯で、締めた具合はよござんす。
右は「煙も見えず雲もなく」の節で歌わるべきもの也。(赤字)

(以上、著者原文まま。煙も・・・・の歌は明治・大正期の軍歌。註・塩入)

山口瞳さんは、
このハガキを読んだとき私は大いに笑い、大いに感激。1か月ばかりはハガキをとりだしては歌っていた。
第一に滑稽である。第二にお子様に対する愛情がにじみでている。第三に私に対する感謝
の気持ちがハガキ一杯に溢れんばかりに表現されている。

こんなに見事な、こんなに長く楽しめてしかも心に残る手紙を読んだことはない。
と記されている。

また、このアイディアを思いつくまでの先生の気持ちが手にとるようにわかって、そのことがありがたいのである。と、山口瞳さんは、感謝している。

『礼儀作法入門』の初版は平成10年なので、多めにさかのぼっても約24~5年前の話。
高橋義孝、自筆手紙ならではの含蓄がある。
 
さすが名随筆家。 「文は人なり」ですね。
                             (2013・3・13)

スポンサーサイト

COMMENT

EDIT COMMENT

非公開コメント

ブログ村ランキング
応援のクリックをお願いします
著書の紹介
検索フォーム
アクセスカウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。