プロフィール

塩入志津子

Author:塩入志津子
編集者・駅弁研究家
JTBガイドブック、旅、情報版など各種延べ800冊の制作編集に携わる。
1987年から2011年まで24年6ヵ月にわたり『JTB時刻表』巻頭グラビアページ「駅弁細見」を連載。北海道から沖縄まで、190社の調製元現場を取材、撮影、執筆。
賞味した駅弁は約1700食。
著書に『旬の駅弁名鑑800』(講談社)がある。

東京ガス主催「全国高校生駅弁チャンピオン大会」(テレビ東京系列)では、3年連続審査員を務める。ほか週刊誌などの雑誌執筆、セミナー講師、講演、TVなど。

ブログの文章トップで掲載の写真は、塩入が撮影。

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医 というもの-56回

エッセー 
くる年も全開で
-2016

 
 11月23日に左の小指の骨が2か所折れた。
 
筑波山までのドライブをしょうと、92歳の姉、同年の女性、
発案者の姉の友人の男性という4人のメンバーだった。
 
 まだ全山紅葉とまではいかないが、山麓のケーブル乗り場
は混雑をきわめ、たくさんの家族連れの和やかさが温かな風
を運んでいた。
 
 昼の食事を済ませ、車へ戻ろうとしていた。
90歳よりは若いので、車を止めた場所を見つけて私が案内し
なければと、ちょっと忙しく歩いていた。
 
 突然、足をとられて気が付いたときは、両腕を広げて車間
の地面と仲良くなっていた。
 痛みなのか、気力が失せたのか、しばらく起き上がれなか
った。そのまま、どうしたのだろう、と考えていた。
 
 近くの車から男性が飛びだしてきて、大丈夫ですか? と
話しかけてくれたが、返事もできない。同行の男性が手を取
って起こしてくれた。車に足をかけるのもやっとの状態で座
席に収まる。
 
 左あごの部分が痛いので、鏡でみると、赤紫のあざが首に
かけて浮き出ていた。顔の真ん中ではなくて、よかった神様。
時間がたつにつれて、左手の小指部分を中心にあざが赤紫
色にかわってきた。
 
 あら、またやってしまった。これは、骨折の内出血の知ら
せだ。痛みも増してきた。
 翌日、転居して初めての医院探しをした。幸い、目と鼻の
ところに整形外科医院があった。
 ともかく、骨をくっつけていただかないと。片手で顔を
洗い、食事もそこそこに出掛けた。
 
 ドアを開けて、すぐ目の前に受付があった。患者は15席
ほどの椅子に座って待っている。なんとなく雰囲気が暗い
のが気になった。
受付へ歩き出した時、大きな声が放りなげられた。
「ここは、首から上はやらないから、顔の人は口腔外科へ
行ってください」
 確かに、転んで、左側のあごの部分が首へかけて4~5セ
ンチの赤あざになっている。
でも、経験で、このあざは時間がたてば、消えると確信があ
ったので、心配していなかった。しかし、この医院の看護師
とおぼしき女性は、いち早く、それを見つけて、帰れ、と言
っている。
 
 それも、遠くから大きな声を張り上げて、初めて来た患者
へのいたわりなど露ほどもなく、医院の立場を守るためだけ
の言葉に聞こえた。
 「指の骨折らしいので来たんんですけど」 
と、その看護師を無視して、受付に行った。
 
 大分待って院長の診断を受けた。
65~70歳に見えるその医師は、横柄だった。説明を求め
られたので、なるべく、転んだ状況をくわしく話そうとする
と「そんなこと関係ない」と吐き捨てるように言う。ひと昔前
の尊大な医者の態度だった。今は、IOT の時代だぞ。
 
レントゲン写真を見ながら、こことここが折れているよね。
と、立っている傍らの看護師らしい男性に同意をもとめてい
る。
はて、今まで、東京で会った外科の医者は、レントゲンを
みながらはっきり診断を下して、処置方法を説明、手術する
か、治療しながらどの位で完治するかをてきぱきと説明して
くれた。
この医者はおかしい。診断の生命ともいえる、レントゲ
ンの診断も自分でできないのか。できなかったら、患者の
前では、恥ずかしくないように、相談して結論をまとめて
から患者を呼ぶくらいの頭の回転がほしい。
 
 1日目は、そんなことを感じた。しかし、この付近で外
科はあまり見当たらず、遠方では痛む指を抱えて通うのも
大変だ。という思いもあった。
 
翌日、治療士が、骨を正常にもどすための手術をした。
その施術は、すごく痛いから声を上げてかまいません。と
いわれたが、我慢してなにも言わなかった。
 
3日目土曜日、治療に行くと、医師は休みで、看護師が
血圧が高いので、電気治療ができない。包帯だけ変えとき
ます。という。そのように、言いつけられているのだろう。
つまり、それでなにか不祥事が起きた時、責任を問われ
る心配をしているだけで、この医院には、保身の哲学しか
ない。
こんなところで、1本しかない小指の治療をしては、さ
んざん働いてくれた小指に申し訳ない、と思った。
 
この医院には、毎日、多数の老齢者が足をひきずり、家
人に支えられながら、通ってきている。
 
3日間、同じ顔に出会っている。レントゲンも読めない
医師が判断して大量の患者を抱えて、医院を経営。流れ作
業で、はい、一つ上がり。の料金収入。
商売に徹するなら、商人らしく上質な対応をせよ。わず
か、30分くらいで私が1日目に払った金額は、3470円。
1割であるから、3万4700円の売り上げの客である。
 
お金というのは、価値に見合えば高低はない。しかし、
申し訳ないが、今回の医院では、疑問だらけである。
 そして、医療って、なんだろう、と思った。
 
東京で、数年前、ホットケーキを焼いていて、熱いバタ
ーが顔にはねたことがある。近所の外科医院の先生は、「
まったく、大事な顔を、気をつけなくちゃ」と大きな声で
叱りつつ、笑いながら薬をぬってガーゼをあててくれた。
20日くらいで治るよと、明るくはげましてくれた。その一
言に救われた。

私は、左ほおに縦10センチほどのガーゼをつけながら、
飲み屋で仲間に慰められ、冷やかされながら平気だった。
あのお医者先生が治してくれる、と思えたから。

1日、何百人もの受診者を抱える東京、慶応病院の受付
の女性は、右手首を折った私に、「ああ、今日は、ちょう
ど腕の専門の先生の日でよかったですね」と、にこやかに
話してくれた。

人は、病んでしまったとき、孤独になる。その時、治癒
を願って訪れた医院で適切な処置と、ほんの少しの温かな
言葉があったら、どんなに慰められるだろう。
 
 毎日、同じ仕事をしているうちに、その対象がモノに見
えてきたら危険だと思う。先の女性看護師は、人間として
も無礼で、内に傲慢さがあった。それは、医者にも通じて
いる。いや、反対現象でしょう。
 
年の終わりに、あまりいいお話ではなくて恐縮です。
 
その後、ケガをして4日目に、たまたま知人に出会って、
同じ医院で同じ感じ方をして、ある誠実な整骨院で完治し
た話をきき、毎日真面目に通院中です。年内には包帯もと
れます。
2017年の新年が、素敵な年になりますように。
                    (2016/12/21) 
 
 
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