プロフィール

塩入志津子

Author:塩入志津子
編集者・駅弁研究家
JTBガイドブック、旅、情報版など各種延べ800冊の制作編集に携わる。
1987年から2011年まで24年6ヵ月にわたり『JTB時刻表』巻頭グラビアページ「駅弁細見」を連載。北海道から沖縄まで、190社の調製元現場を取材、撮影、執筆。
賞味した駅弁は約1700食。
著書に『旬の駅弁名鑑800』(講談社)がある。

東京ガス主催「全国高校生駅弁チャンピオン大会」(テレビ東京系列)では、3年連続審査員を務める。ほか週刊誌などの雑誌執筆、セミナー講師、講演、TVなど。

ブログの文章トップで掲載の写真は、塩入が撮影。

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あるとき、老女がひとり、鮨を四つほど食べて勘定をはらい、
「ここのお鮨、おいしいけど高うて、なかなか来られませんのや」
と、私にいった。
にこにこしながら老女を見ていたあるじが、後で、老女のことを、
「年に二度ほど、お見えになりますのや。うれしいお客です」
 と、いった。
 頭髪の手入れ、身につけているものの清潔。わけても鮨をにぎる手指、爪の手入れなど、吉川松次郎のすべてが完璧だった。
 にぎっている魚介と、あるじの手指が一つになって見えた。

以上、池波正太郎 『むかしの味』(新潮文庫)のなかに紹介された 「京都(松鮨)」という一文のほんの一部分である。
『むかしの味』は、1981(昭和56)年1月から二年間、小説新潮へ連載されたもので、約30年前の話であることをお断りしておきます。

著者がこよなく愛した京都木屋町の鮨屋で、今では、なかなかお目にかかれない情景である。年二回ほど来店の客は、今どきの店では、忘れられてしまうだろう。よほどの因縁でもなければ、顔も覚えてはいないだろう。

年に二度ほど、鮨を四つほどつまんで帰る老女を、「うれしいお客」といえるあるじが素敵だ。

一概にいえないが、いまどきの若い店主だったら、年に二度の客を「うれしい」とあしらえるだろうか。その前に忘れているだろう。また、若くなくても、常連客がしばらく顔を見せなかったら、皮肉のひとつも出るのではないか。
出るか、出ないか、は、世相だろうか。店のあるじの哲学だろうか。

店ははじめに、あるじがつくり、あるじの人となりで客がつき、その客が客を呼んで店をつくり、格というものが生れる。大小は関係ない。

あるじの清潔感といい、客を大切にする心根といい、昭和のある時期の客とあるじの、今では滅多に見られない一幕。

幼いころ育った浅草で、父ちゃんにつれられて行った近所の鮨屋にも、そんな風情があった。


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