FC2ブログ
プロフィール

塩入志津子

Author:塩入志津子
編集者・駅弁研究家
JTBガイドブック、旅、情報版など各種延べ800冊の制作編集に携わる。
1987年から2011年まで24年6ヵ月にわたり『JTB時刻表』巻頭グラビアページ「駅弁細見」を連載。北海道から沖縄まで、190社の調製元現場を取材、撮影、執筆。
賞味した駅弁は約1700食。
著書に『旬の駅弁名鑑800』(講談社)がある。

東京ガス主催「全国高校生駅弁チャンピオン大会」(テレビ東京系列)では、3年連続審査員を務める。ほか週刊誌などの雑誌執筆、セミナー講師、講演、TVなど。

ブログの文章トップで掲載の写真は、塩入が撮影。

全記事表示リンク

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

なんくるないさぁ(だいじょうぶ、なんとかなるさ)

Scan0006.jpg


2011年5月のある日、ふとスイッチを入れたテレビで、日本の20代とおぼしき女性がアメリカのワイルド・ザッパーズのメンバーと話している場面があった。

ワイルド・ザッパーズは、全員が聴覚障害者のアメリカのダンスグループ。2008年にも来日して、公演ですばらしい踊りを披露している。程度のことしか知らない。

それ以上に、アイドルグループにはとんと疎くて、その方がどういう女性なのかさっぱりだった。

女性は、SPEEDのメンバーの今井絵里子。6歳の聴覚障害の男の子のお母さん。息子の将来のために、ろうの人間が、なぜ音を感じて、ダンスができるのかを理解したくて渡米したという。テレビ局で放映しているのだから、局の依頼と目的が一致したのかもしれない。あるいは、自発的な渡米かはわからない。

ワイルド・ザッパーズのリーダーは黒人のフレッドさん。大柄で結構肉が付いていて、細く三つ編みにした黒髪を何十本もすだれのようにお下げにしている。丸顔に占める大きな二つの目は表情たっぷりで、その目だけで俳優になれそうだ。やさしさが目にあふれた男性は、話しながら、いとも軽やかに素敵なステップを踏んでみせる。そして、「先ず、歩くことから始まる。体全体を使って歩くこと」と、もちろん、英語の手話で話す。

今井さんは、英語が話せないのと日本の手話しかできないので現地の大学院に通う日本女性がバイリンガルをつとめている。なかなか優秀な女性だ。その通訳の女性の母も聴覚障害で、将来、福祉の仕事につきたいという。

不器用でそそっかしい私は、見ていて感心の連続である。つまり、リーダーのフレッドさんやワイルド・ザッパーのメンバーが口々にしゃべること(英語の手話)を見て、同時に日本語で今井さんに伝えるのだから。

今井さんの疑問は、耳の聞こえない人がどうして音楽に合わせて素晴らしいダンスができるのか? である。
それは、私も興味(という言葉はいけないかも)があった。

リーダーのフレッドさんはいう。
「学校の勉強と同じだよ。記憶するだけ。心にビートを刻み込むんだ。バン
バン バンバン」と手を激しく打つ動作をする。
そして、今井さんにダンスを教える。メンバーもみんな、とってもやさしい。
自己紹介が素敵だ。名前と自分の特長を表情豊かに簡潔に話し、それぞれが得意のダンスで締めくくる。一人が1分ちょっとくらい。
ダンススタジオには、普通より強い音が響いているのだが、不思議に静かでやさしい空気が流れて、いい雰囲気だ。

さらに、フレッドさんはいう。
「聴こえる人も聴こえない人もみんな同じ。歩ける、動ける。どこを見たって変らない。どこがちがうかといえば、耳が聴こえないだけ」

この素敵な言葉は、いろいろに言い換えられるのではないか、と思う。

見える人も見えない人もみんな同じ
歩けない人も歩ける人もみんな同じ
しゃべれる人もしゃべれない人もみんな同じ
なぜなら同じ地球に生きているのだから と。

翌日、世界で唯一のろうの大学、トーマス・ギャローデッド大学で体験。大きなゴム風船を胸に抱える。音楽はできる限り(90DB)の大音響にして刺激を与え、その振動を感じさせる。幼いときから教えれば問題ない。聴こえる人は、耳に頼ってしまう。

ある高名な、聴覚障害のパッカーショニスト(名前は明示がなかった)は、
「振動を低音域は足裏で感じ、中音域は胴体で感じ、頭蓋骨で高音域を感ずる」といっているそうだ。
大学のコーチは、ダンスの場合は、身体で感じて、身体が覚えた動きが自然にでてくるのだという。

今井さんは話している。
私は何度かアメリカに来ている。でも首都はニューヨークだと思っていた程度の知識しかない。英語も話せない、英語の手話もできない。息子はとても静かに生れてきた。おギャーとか、声を発しないで本当に静かに生れた。数日後にしゃべれないんだ、と気づいた。音楽を憎んだ。自分の音楽を止めて音の無い世界で息子と生きようと思った。と涙した。
今井さんの肩にやさしく手を置いて、ザッパーズのフレッドさんは、いう。

「あなたは、あなたの世界を捨ててはいけない」

励まされ、息子の可能性への燭光を見出して、今井さんは、旅で出会ったすべての人に感謝し、あなたを生んで本当によかった、あなたと歩いて行ける、
「なんくるないさぁ!」 と、立ち上がる。

いいドキュメントだった。見ていて、思った。
天が、あるいは神が、今井さんに、内耳とその神経が空っぽの人間の礼夢君を授けたのではないか。礼夢君はギターの音に敏感に反応し、踊りだすという。今井さんは、礼夢君が生れなかったら、ワイルドザッパーズを訪ねることはなかっただろう。ワイルドザッパーズのメンバーの、人間としての素晴らしさに触れることもなかったろう。なによりも、聴覚障害者の可能性を死に物狂いで追求などしなかっただろう。母親のつばさを広げて、守るべきもののために真剣に取り組んだなかで、彼女は自分でも気づかないほど、大変な宝物を得たのではないか。
ニューヨークがアメリカの首都だなんて言っていられない。
息子の礼夢君とともに、今井さんは、今よりさらに深く、大きな人間に成長されることだろう。

そして、世界中から優秀な、ろうの学生(健聴者でも入学できる)が集まっているというトーマス・ギャローデッド大学を持つ、アメリカという国を羨ましく思った。


スポンサーサイト

COMMENT

EDIT COMMENT

非公開コメント

ブログ村ランキング
応援のクリックをお願いします
著書の紹介
検索フォーム
アクセスカウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。