プロフィール

塩入志津子

Author:塩入志津子
編集者・駅弁研究家
JTBガイドブック、旅、情報版など各種延べ800冊の制作編集に携わる。
1987年から2011年まで24年6ヵ月にわたり『JTB時刻表』巻頭グラビアページ「駅弁細見」を連載。北海道から沖縄まで、190社の調製元現場を取材、撮影、執筆。
賞味した駅弁は約1700食。
著書に『旬の駅弁名鑑800』(講談社)がある。

東京ガス主催「全国高校生駅弁チャンピオン大会」(テレビ東京系列)では、3年連続審査員を務める。ほか週刊誌などの雑誌執筆、セミナー講師、講演、TVなど。

ブログの文章トップで掲載の写真は、塩入が撮影。

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駅弁彩見 10 札幌駅 やまべ鮭寿し

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JTB時刻表「駅弁細見」で24年半、時刻表読者、駅弁調製元各位その他多くの皆様にお世話になりました。
「駅弁細見」時代より、ますます多様化・発展しつつある駅弁を、また、皆様にお伝えしたいと、ブログ駅弁を展開いたします。
どうぞ、よろしく応援をお願いいたします。


_4538 札幌1306



北海道・東北の一部ではヤマメをヤマベという。
「やまべ鮭寿し」は、1969(昭和44)年に誕生。
ごらんのように、極めてシンプルな駅弁である。
発売から44年。多くのリピーターに愛されている。
川魚の苦手な方でも、クセのない味なのでどうぞ。
24年前の取材で、味も姿も媚びのないのが魅力で、
今もファンの一人です



駅弁彩見 10 札幌駅 やまべ鮭寿し 600円


やまべは、体長10cmほどの養殖、塩蔵されたものを使います。
水で塩抜きして小出刃で開いて、カットし、
酸味をゆるめた合わせ酢に、1時間浸けます。

一方、脂ののったチリ産のトラウトサーモンは、3枚におろし、
皮を引き、塩ふり2時間後にカット。
これも酸味をゆるめた合わせ酢に90分。

酢飯は、北海道産米の「ななつぼし」。
粘り気が強く、さめてもおいしい。やや甘めの酢飯に仕上げています。

ネタのやまべとトラウトサーモンを裏表に型におき、
ワサビをちょんちょんとのせてから、酢飯をおく。
全行程が手作りです。

添えられた、コクのある寿司用醤油でいただく。

やまべは、まったく、くせのないさっぱりした味わい。
適当に脂ののったトラウトサーモンとの取り合せもよい。

味も姿もシンプルで、リピーターの多いお弁当です。
「木の葉・小判状」斑紋模様がやまべの特徴。
これを版画タッチで描いた掛紙も、発売当時から変わっていません。

初めての取材は、1989(昭和63)年で、以来、札幌駅で私の買う駅弁は、
このお寿司です。時には、ビールをお供にします。
24年前、620円でした。

駅弁には、「あの駅に行くと、あの駅弁が待っている」
という楽しみが、あります。


●売店 函館本線札幌駅 7:00~20:00
●予約可・取り寄せ不可
     (確実に入手するには予約をおすすめ)
●札幌駅立売商会 TEL 011-721-6101



●創業114年 札幌駅・札幌駅立売商会の歴史

弁当屋 大正 札幌1306
大正時代:札幌駅の立売が勢ぞろい


大正初期の掛紙 札幌1306 
大正初期の掛紙
昭和7~8年頃の掛紙 札幌1306
昭和7~8年頃の掛紙
昭和立売  札幌1306
昭和の立売


1880(明治13)年11月―官営幌内鉄道手宮―札幌間開業――札幌駅開業 
                                   とともに札幌仮停車場設置
1881(明治14)年12月―停車場新築、2代目の駅舎完成
1882(明治15)年6月―札幌―江別間運転開始
1888(明治21)年―――北有社に幌内鉄道の運輸業務を譲渡
1889(明治22)年12月―北海道炭砿鉄道が北有社から事業を買収
1890(明治23)年上期――2代目駅舎増改築
1890(明治23)年――――駅弁販売許可。高田文蔵氏等7名 
1899(明治32)年――――高田文蔵氏に代わり比護与三吉が 
                                  社長就任(札幌駅立売商会前身の       
                                  比護屋
―――――――札幌駅立売商会創業
1906(明治39)年10月―北海道炭砿鉄道の鉄道路線国有化に 
                                 より国有鉄道に移管
1906(明治39)年――――国鉄になり構内営業の新規申請に 
                                 より比護与三吉、岩城為像、芝正章、 
                                 洲崎庄次郎、井上直之の申請者5名 
                                 に許可が与えられた

1908(明治41)年12月―3代目駅舎完成。営業開始
1920(大正9)年――――札幌鉄道局となる
1923(大正12)年――「石狩鮭めし」発売―札幌駅立売商会創業24年
1926~30(昭和初期)年ー比護与三吉が札幌駅構内営業人 
                                会を結成、駅弁の品質向上と
            容器の改良に取り組んだ。 
                                特に腐敗防止のため考案した二 
                                重折箱は特筆すべきもので、 
                                業界の注目を浴びた
1937(昭和12)年――――比護政興が2代目社長就任
1943(昭和18)年――――札幌鉄道局は構内営業などの企業整備 
                                 を実施。国鉄内に営業人、比護、洲崎 
                                 井上、熊谷、大石の5名が企業合同し 
                                 有限会社札幌駅構内立売商会を設立


1951(昭和26)年9月― 4代目駅舎工事開始
1952(昭和27)年10月—4代目駅舎開業式
           ステーションデパート開業
1953(昭和28)年――――大阪高島屋で、初のデパートの駅弁大会開催
1959(昭和34)年――――「さっぽろシウマイ」発売

1961(昭和36)年――――函館―旭川間特急「おおぞら号」
           運転開始
1969(昭和44)年―――「やまべ鮭寿し」発売―札幌駅立売商会創業70年
1972(昭和47)年――――駅コンコースに弁当コーナー開店
           (ホーム立売から売店販売へ移る)
1983(昭和58)年――――「えぞ賞味」発売
1984(昭和59)年――――札幌駅周辺高架化の整備のため。
           本社屋を現在地へ移転
1986(昭和61)年――――「うなぎ弁当」「ホタテ弁当」発売

1987(昭和62)年4月---国鉄分割民営化により北海道の駅となる
    同年―――――比護了蔵が3代目社長就任
1988(昭和63)年――――青函トンネル開業
1991(平成3)年――――「札幌かにめし」発売
1994(平成6)年――――札幌―函館間「スーパー北斗」運転開始
     同年--------「たらばがに弁当」発売
1999(平成11)年――――上野―札幌間「カシオペア」運転開始
2003(平成15)年3月---―JRタワー開業
    同年―――――「冬の天然寒ブリ弁当」など8種類発売
2010(平成22)―――――北海道鉄道130周年
2012(平成24)年――――洲崎昭光が4代目社長に就任
     同年――――「彩り御膳・春らんまん」 
                                    ロングセラー駅弁「石狩鮭めし」など、 
                                     数多くの北海道の駅弁を発売中
2013(平成25)年6月---現在に至る――――――札幌駅開業133年 
                                                      札幌駅立売商会創業114年
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やまべ を愛した人

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駅弁にも、いい男、いい女のような駅弁がある。
余分なものをすべてそぎ落とし、洗いざらした木綿のような、それである。
もちろん味もいい。
色、形、パッケージにも品がある。媚びがない。

数多あるが、その一つが、札幌駅の「やまべ鮭寿し」である。
山女魚(やまめ)を北海道・東北の一部では、やまべ という。

『JTB時刻表 駅弁細見』(1989年9月号)の取材だった。
養殖1年半のやまべを酢に1時間ほど浸けて寿しに仕上げる。

「このやまべの養殖はどこでやっているのですか」の問いに案内を得て、やまべの池養殖に半生をかけて成功させた、平岩弘道氏(当時86歳)を訪ねた。

そこは、かつて、渓流の女王、山女魚があふれていたという、札幌郊外を流れる山部川の上流だった。

約40年間をやまべの池養殖研究に捧げた。
妻子と別れ、時に世間に嘲笑されながら、夜も昼も研究に明け暮れた。
成功者なのに、川のほとりの山小屋のような、質素な家に暮らしていらした。

長身痩躯、目は澄んで、畑の中を歩きながら、つぶやくように、ぽつぽつと時に情熱をこめて,2時間あまり話をされた。

辞するとき、「わたしは、やまべの生まれ代わりかも・・・」と、目だけで微笑んだ。
この取材後も札幌駅に降り立つと、必ずこのお寿司を買った。

このたび、ブログ駅弁掲載にあたり、また、「やまべ鮭寿し」と出会えた。

取材当時の24年前より20円価格が下がっていた。
「やまべを1貫少なくして700円を600円にしました」という言葉に、この駅弁をつくり続けようという誠意と商売のきびしさを感じた。

なにごとにも不器用で、長続きしない私が、25年に近い駅弁の取材ができたのも、取材先調製元の情熱を、知らずに受け止めていたのかもしれない。

「やまべ鮭寿し」と、今は故人の平岩さんが重なる。 


(本稿は2006年JTB時刻表11月号臨時増刊、『紅葉鉄道の旅』「秋味駅弁特集」に掲載の原
   稿に修正・加筆したものです)                          
                                          (2013/06/27)

駅弁彩見 9 宮島口駅 あなごめし

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JTB時刻表「駅弁細見」で24年半、時刻表読者、駅弁調製元各位その他多くの皆様にお世話になりました。
「駅弁細見」時代より、ますます多様化・発展しつつある駅弁を、また、皆様にお伝えしたいと、ブログ駅弁を展開いたします。
どうぞ、よろしく応援をお願いいたします。



_4513 宮島口1306


宮島口は、世界文化遺産、厳島神社への入り口。
安芸宮島の名物、うえの の「あなごめし」は、
2012年『日経プラス1』で、
西の駅弁ランク第1位に推された。
この味は、初代、上野他人吉の妻タツによって
1901(明治34)年、創業時に完成していた。
頑固一徹、112年、先祖の味とそのこころを守り抜く。



駅弁彩見 9 宮島口駅 あなごめし 1470円

良い餌を食べているアナゴは、味もよい。開きは、関東風の背開き。
水から出すと、すぐさばいて鮮度を保ちます。
まず、素焼きは強めの火で素早く焼く。

素焼きしたアナゴは、タレに浸けながら3回焼きます。
蒲焼は焦げないように、香ばしくするため、火加減を少し落として仕上げる。
タレは、夜、醤油と砂糖を加えて、火入れをするだけ。
1日500尾焼けば、1500尾分のうま味がタレに滲みます。
1901(明治34)年、創業以来のタレです。

ご飯は、穴子の頭と骨のダシ汁で炊きます。
30人分の釜で20人分しか炊きません。
釜の能力一杯に炊くと、米が押されて味が落ちるからです。

約1合のご飯に、そぎ切りにしたアナゴが2尾分。
召し上がる方が、一口幅で食べられるようにとの配慮がされています。

箸休めの、たくあん、奈良漬け、ショウガも上質の味です。

うまさは、北海道北見地方のシナノキの容器にもあります。
折詰は、フタがアナゴにあたるように、ご飯とアナゴを盛ります。
ご飯とアナゴが経木の折箱の中で、余計な水分を吸収してさめてゆくとき、
この あなごめし の味が極まります。

初めての現地取材は、24年前の1989(平成元)年です。
あらゆる情勢の変化にも、変わらぬ味を保つのは、大変なことです。

一度味わったら、たぶん、やみつきになります。

●売店 宮島口駅 駅前本店 広島三越地下店舗
●予約可・本店9:00~18:00 取寄せ不可
●うえの本店 TEL 0829-56-0006



●創業112年 宮島口駅 うえの の歴史


うえの明治 
明治時代の「うえの」、宮島駅前風景
 

うえの大正 
大正時代、宮島駅待合所

うえの大正末期~昭和戦前ころの 
昭和戦前ころの「うえの」

穴子飯レッテルデータ 004   穴子飯レッテルデータ 008
戦争中はこんな掛け紙も  「鯛寿し」の駅弁もあった


1897(,明治30)年9月25日 山陽鉄道広島駅―徳山駅間の開通と同時に宮島駅
              として開業。旅客・貨物の取扱を開始 宮島駅開業 
                              同日  広島県の実業家早速勝三により宮島連絡船開設。
               その時に桟橋も開業する

1897(明治30)年      宮島駅開業に伴い、初代上野他人吉(たにきち)が 
                                                                  駅前で茶店開業
1901(明治34)年      宮島駅で弁当販売。穴子飯の販売始まる うえの創業
             ●それまでの炊きたて白ご飯に代わり、穴子の頭と骨で
              取った出し汁で醤油飯を炊き、脂ののった蒲焼が
              一口幅に切られて敷き詰められる弁当が完成
             ●この味を完成させたのは、初代他人吉の妻タツで、
               「上野家中興の祖」と、されている
             江戸末期の『芸藩通史』に「宮島沖の穴子その味佳なり」    
             の一文がある。当時、広島湾、福山からカキ船が大阪湾
             河口に多くの船上店を出していた。大阪吉兆もそこから
             始まっている。
             そのころから大阪の食文化としてあった穴子の蒲焼の丼飯 
             は、広島、宮島にも根付いていたと考えられる
1903(明治36)年3月    山陽鉄道が宮島航路を買収、鉄道連絡船とする
1906(明治39)年12月1日 山陽鉄道の国有化により国有鉄道の駅となる

1907(明治40)年ころ    あなごめし売価15銭―現在の約1500~2000円。
             鯛めし、かき飯の駅弁も発売。もっとも評判を得たものに
             宮島焼の器入り、アサリの時雨煮の「小貝磯煮」がある
             ●国鉄に移行後、駅弁のレッテル(掛紙)に広告が導入される
             各地の主要駅弁のレッテルは東京神田の印刷所で刷られ、
             全国に強制配布される。関東大震災後各地の印刷所で刷られる
                                     ようになり、広告は廃止される
1909(明治42)年10月12日 線路名称制定。山陽本線の所属となる
1912(大正元)年~     大正時代になり、あなごめし、鯛めし30銭になる―米騒動
             の影響か?
1916(大正5)年      上野幾三郎が2代目社長に就任
1942(昭和17)年4月1日  宮島口駅に改称 
             昭和になり、鉄道弘済会が編成され、あなごめし25銭に
             下げられる
1939(昭和14)年      初代他人吉他界。以後、戦争の時代となり、
                                     「国民精神総動員」 のラベルが残された
1946(昭和21)年      第3代社長となる上野貞一がフィリピンより復員
             戦後は、あなごめし店舗を継続しながら、自店での古本屋
             を皮切りに広島市内に数店舗持つ、戦後広島県草分けの本屋              
             業を営む
1953(昭和28)年      駅前茶店は、藤棚と池を回遊するカフェを併設した食堂とし
             て改装。時代の有名人がそのカフェに訪れた。地域の販売権
             を持っていたリーダース・ダイジェストの売れ残りが
                                       散見された               
1959(昭和34)年      第3代社長上野貞一、大野町町長として、町の行政に尽し、
             宮島口も大きく変える。日本改造の時代を迎えていた
1964(昭和39)年      日本改造、区画整理の中で、明治からの屋敷は解体
1965(昭和40)年      有限会社上野食堂に改組。同年、有限会社石亭開業。
             現在、穴子の釜炊きご飯を名物とした料亭旅館として営業
1974(昭和49)年10月1日 貨物の取扱廃止
1980(昭和55)年ころ    駅弁を列車に積み込む時代から団体大型バスへの積み込みの
                                           時代がきたことの映像をテーマにNHKの取材を受ける 
                                          ●この放映のあと、あなごめしは脚光を浴び、宮島の商店街にも穴子飯の店が増えた
1986(昭和61)年      有限会社うえのに改組。 取締役として、上野純一が、
                                        うえの第4代目主人をを名乗る
              有限会社石亭代表取締役に上野純一が就任。
1987(昭和62)年4月1日  国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)
             の駅となる

1994(平成6)年      第3代上野貞一他界。うえの代表取締役に上野美佳子就任
2007(平成19)年6月14日 ICOCA対応自動改札機設置
        9月1日  ICカード乗車券「ICOCA」使用開始
2009(平成21)年4月1日  宮島航路がJR西日本宮島フェリーに移管
2013(平成25)年6月    現在に至る
            宮島口駅開業116年
                              
うえの 創業 112年

●写真展のお知らせ

1306写真展覧会   IMG_4365.jpg



1997年から、私の通う写真教室の、展覧会です。年2回開催しております。
いまだに、フィルム撮影を主体にした教室で、デジタルカメラ併用の人もおります。

受講生は、男性10名、女性3名の13名と、断然男性多数のグループで、紅3点のうちの
ひとりです。結構、真面目に通っております。

もう16年になりますので、それぞれ、見応えのある、仲間たちの作品が26点、並びます。
ぜひ、お立ち寄りください。

ご来場くださったら、お名前をご記帳いただけると幸いです。

読売・日本テレビ文化センター 新実践写真教室 廊下展
  講師 土方幸男先生
● 開催期間  2013年6月15日(土)~7月6日(土)
● 場所 荻窪駅ビル「ルミネ」6F TEL 03-3392-8891
● 時間 10:00~20:00
 ( 申し訳ありませんが、受講生は詰めておりません)

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