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プロフィール

塩入志津子

Author:塩入志津子
編集者・駅弁研究家
JTBガイドブック、旅、情報版など各種延べ800冊の制作編集に携わる。
1987年から2011年まで24年6ヵ月にわたり『JTB時刻表』巻頭グラビアページ「駅弁細見」を連載。北海道から沖縄まで、190社の調製元現場を取材、撮影、執筆。
賞味した駅弁は約1700食。
著書に『旬の駅弁名鑑800』(講談社)がある。

東京ガス主催「全国高校生駅弁チャンピオン大会」(テレビ東京系列)では、3年連続審査員を務める。ほか週刊誌などの雑誌執筆、セミナー講師、講演、TVなど。

ブログの文章トップで掲載の写真は、塩入が撮影。

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ブローチ

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2011年3月30日、彫刻家の佐藤忠良さんが亡くなった。7月には白寿(99歳)を迎えられることになっていたそうである。

日本を代表する具象派彫刻の第一人者であった。

ロングセラーの絵本「おおきなかぶ」の絵の作者であり、「群馬の人」「常磐の大工」「賢島の娘」「帽子・夏」などの彫刻作品は、いずれもこの作家の人間観を現している。

私は、佐藤忠良作のブローチをたったひとつ持っている。

直径5cmほどの円形銅版に、右手に、はばたく鳥をもったシャガールの描くような女性が、空に舞っている姿が彫られている。

好きなジャケットの襟につけて、物をよく無くす私が、不思議に持ち続けている大切な品である。

40年も前だっただろうか。

旺文社で子ども向け美術の本を作ることになって、取材のため、美術の教科書を作るある出版社の社長を訪ねた。画家の友人のお兄さんも画家で、その方の紹介である。
この社長は、子どもに使ってもらう美術の教科書制作にある理想をもっていた。

例えば、日常使うお椀などは、許すかぎり、上等のものを使おう。本物は使い勝手、光沢、手にのせたときの感触などが子どもの教育に及ぼす影響ははかり知れない、という考えである。1椀2万円であっても、成長までの20年間使えば,年間1000円、月に84円、1日2.8円。
よいものは、永く使えるから、決して高くない。
感性を磨くには、そういう観念が必要だ。という趣旨に貫かれた教科書を作りたいと熱心に話された。
その監修、著者が佐藤忠良さんであり、舞台美術家・画家の朝倉摂さんなどであった。

話を聞いて感激した。私もそう思う。私もそういう美術の本を作りたいと思った。
もっと、話を伺いたくて頻繁に訪ねた。時には、佐藤忠良さんも来社されていた。社長は、自宅を抵当に銀行から融資を受け、その教科書制作にあたった。

教科書は、通常の出版社のように、作って販売会社を通したり、独自に売れるものではない。当時の文部省の検定にパスしなければならない。パスしても、さらに販売の努力をしなければ学校が採用してくれない。作ればいいというものではない。まさにそれは、信念と情熱の具現化にほかならない。

ブローチは、美術の教科書作成時に、その会社のために佐藤忠良さんが手がけられたもので、いただいたのは、その中の一つである。

「職人に栄誉は不要」と二度の文化功労者の内示や、二度の芸術院会員就任も断った作家は、本物を作りたいと望んだ人には、惜しまず手を差し伸べたのでしょう。

40年近い歳月が流れ、東北大震災のさなか、佐藤忠良さんの訃報であった。長年愛用して底光りというか、いぶし銀のように輝くブローチを改めて手にとった。

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いただく

2013年賀



近年、気になる言葉の一つに、「いただく」  がある。

テレビの料理番組などで、お塩を入れていただいて、 温めていただいて、取り出していただいて、かき回していただいてから-----------、まだまだ山ほど。

料理に限らずいたるところで連発されている。

岩波書店 『広辞苑』 第五版 によると、

いただく、頂く・戴く 
1 頭にのせる 頭上高くに位置させる
2 高くささげる
3 崇めて大切に扱う、名君をいただく
4 謙譲の意、もらうの謙譲語、賜る、頂戴する
5 食う、飲むの謙譲語。おいしくいただきました、など。
  頂く物は夏も小袖 ------貰う物ならば綿入れの小袖を夏にでも貰う。欲の深いことのたとえ。 とある。

多分、伝える側が聞く側を尊重しているという意志表示だと解釈するが、それは、蛇の足ではないか。

塩を入れます、温めます、取り出します、かき回します。で十分ではないか。塩もしゃもじも、そのほうが好きだと思う。すっきりする。

言葉は、使う人のこころをあらわす。今の世相を映して、「 頂く物は夏も小袖 」のように思える。

世の中、煩雑で、いつも忙しい。

簡単な表現で済むことは、素のままのほうがすがすがしい。

衣装はごてごて飾ると品がなくなる。
言葉も、塩をいれていただいて、ゆがいていただいて、巻いていただいて、などというのは、わずらわしい。簡潔に、入れて、ゆがいて、で結構。てきぱきとしていたほうが、美味しいものができるような気がする。

医学の教授が手術の講義をするのに、メスをもっていただいて、そこを縫合していただいて-----などと説明するだろうか。その間に病人は死んでしまう。

かつては、なんでもかんでも、いただく、いただく、とはつけなかった。

テレビの出現によって、料理研究家が具体的に料理法を教えるようになった。いつの間にか、「いただく」 という言葉がふつうになった。

いくらふつうになっても、私は、つかわないほうがよい、と思う。

長い間に、無意識に醸成された、今流行の、ポピュリズム(大衆迎合主義)の一種かもしれない。

パン

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パンはちぎって食べるという作法がある。

たとえ小さくても、ガブリッとやってはいけない。

しかし、どう食べても勝手じゃないか、と、日本では、思う人もいるのではないか。

外食ではやったことはないが、実は私も、家では、ついやっている。

しかし、とりわけ、ヨーロッパでは、この、ガブッ は、やらないほうがいいらしい。
ということを、ある書物を読んで痛感した。

「これは、キリスト教の『与える喜び』 からくる行為だと考えられる」 という。

ガブッ とかぶりついてしまうと、もしここに突然、餓えて死にかかったかわいそうな人があらわれたら、口をつけていないほうをあげることができない。だからパンは、二つに割る。もしくは、小さくちぎって食べなさい、ということになるのだ。

「つまり、丸かじりするのは、品の悪い人、育ちの悪い人どころではなく、もっと卑しい最低レベルの人間と誤解されかねないのである」 (森山進著『今すぐ転機に備える
95の方法』成美文庫)と、ある。

著者の森山進氏は、ベルギーで世界最大の国際会計事務所プライスウォーターハウス・クーパースの重役である。

ベルギー・ブリュッセル、三ツ星最高級のレストランで友人と食事中に、東洋人カップルが、パンの丸かじりをして、回りのヨーロッパの淑女たちの鋭い視線をあびているのを、目撃したという。

そして、
「おそらく、その男もパンをちぎるぐらいは知っていただろう。しかし、詰め込み学習ではいざという時に行動が伴わないのである」 と、著者は戒めている。

つまり、今や、常食のような存在のパンも、日本人にとっては、生まれながらの作法としては、身についていないのである。わかっていたら、ごく 自然に、優雅にちぎって食べたことだろう。

日本にパンが伝来したのは、安土桃山時代、ポルトガルの宣教師によるという。
ただ、広く受け入れられたのは、明治時代からで、歴史としては短く、約150年。ヨーロッパの比ではない。

惜しむらくは、パンが普及するときに、パンに関する「キリスト教の『与える喜び』からくる行為」という、不可欠の作法も、日本に普及させておけばよかったのではないか。結果、東洋人カップルも恥をかかないで済んだかもしれない。

あるいは、外国人が日本食の作法で、同じような場面になることがあるかもしれない。そのとき、多分、日本人は、その外国人を蔑まないだろう、と、私は思う。

それにしても特に、ヨーロッパを旅する時は、心しておくことだ、と反省した。
(2010年7月)

1.5倍の迷惑

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二十五年になる馴染みの飲み屋がある。

おやじとママの二人で営む、常客の多い温かい雰囲気の店である。
建て付けの悪い引き戸を開けると、厚い一枚板のカウンターは7人掛けで、奥の小座敷に卓が4つ。カウンターの向こう側で、おやじのつくる焼き魚や刺身、煮物がうまい。
 
ある晩、あまり見慣れないカップルが隣に座った。
二十代後半とおぼしき男性は少々太めで、さかんに女性に話しかけている。私の右隣に座ったその男性は左腕をカウンターにのせて、女性に話しかける。完全に私に背を向けた、右向き状態だ。
 
カウンターは、超高級料理店以外は、一人分のスペースは、そこそこ一人分しかなく、袖すりあう距離である。原則として、前を向いて呑むのが暗黙のルールではないか。がらがらに空いていて、ゆったりスペースがあるならいいが、当日は満席。

話に夢中なのか、女性の気をひきたいのか、隣の男性の体は完全にカウンターに向って、90度の体勢になった。ということは、左となりの私の領域に左腕が乗せられていて、飲みにくいことおびただしい。私のカウンタースペースの領域侵犯である。

速くお帰りいただくことを念じて我慢を重ねる。
ところが、それから1時間たっても姿勢は前向きにならない。帰りそうもない。
私の顔の右側は男性の背広があって、景色は最悪。

とうとう、切れた。そして、言った。
「もしもし、すみませんが、女性とこの状態でお話になりたのなら、座敷へいらしたらどうでしょう。あなたが私のスペースに腕をのせていらっしゃると、カウンターで1.5倍のスペースを取って、私に迷惑がかかっています。カウンターでお飲みになるときは、最低のルールがあるんです。それができない人はここに座ってはいけません」 30歳に近い男性でも、作法が分からない人がいる。
招かれて飲むときは、そばを一杯お腹に入れてから。接待されていて、ガツガツしないためである。付き合いの程度にもよるが、接待される側のたしなみの一つである。
近頃は、会社で上役がお酒の飲み方を教える機会も少なくなったらしい。
  

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あるとき、老女がひとり、鮨を四つほど食べて勘定をはらい、
「ここのお鮨、おいしいけど高うて、なかなか来られませんのや」
と、私にいった。
にこにこしながら老女を見ていたあるじが、後で、老女のことを、
「年に二度ほど、お見えになりますのや。うれしいお客です」
 と、いった。
 頭髪の手入れ、身につけているものの清潔。わけても鮨をにぎる手指、爪の手入れなど、吉川松次郎のすべてが完璧だった。
 にぎっている魚介と、あるじの手指が一つになって見えた。

以上、池波正太郎 『むかしの味』(新潮文庫)のなかに紹介された 「京都(松鮨)」という一文のほんの一部分である。
『むかしの味』は、1981(昭和56)年1月から二年間、小説新潮へ連載されたもので、約30年前の話であることをお断りしておきます。

著者がこよなく愛した京都木屋町の鮨屋で、今では、なかなかお目にかかれない情景である。年二回ほど来店の客は、今どきの店では、忘れられてしまうだろう。よほどの因縁でもなければ、顔も覚えてはいないだろう。

年に二度ほど、鮨を四つほどつまんで帰る老女を、「うれしいお客」といえるあるじが素敵だ。

一概にいえないが、いまどきの若い店主だったら、年に二度の客を「うれしい」とあしらえるだろうか。その前に忘れているだろう。また、若くなくても、常連客がしばらく顔を見せなかったら、皮肉のひとつも出るのではないか。
出るか、出ないか、は、世相だろうか。店のあるじの哲学だろうか。

店ははじめに、あるじがつくり、あるじの人となりで客がつき、その客が客を呼んで店をつくり、格というものが生れる。大小は関係ない。

あるじの清潔感といい、客を大切にする心根といい、昭和のある時期の客とあるじの、今では滅多に見られない一幕。

幼いころ育った浅草で、父ちゃんにつれられて行った近所の鮨屋にも、そんな風情があった。


紹介

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仕事でも個人でも、人を紹介したり、されたりは、よくあることです。
でも、このときの、後始末のできない人が多いですね。

人を介して、人を紹介していただいたときは、なるべく早く、お礼と、簡単に、内容の報告をするべきで、紹介されっぱなしで、だまっていてはいけない。

紹介者は、どうなったか心配しているのです。
会ったとおぼしき日から1週間もたってから、報告するのは失礼ですし、二度とその人からは紹介していただけなくなるでしょう。

知人に知人を紹介するということは、自分の信用をお貸しすることで、同時に相手から自分の価値も問われることです。なにか、あった場合は、「あの人の紹介」がついてまわります。

そのため、世の中には、決して、紹介の労をとらない人もいます。
しかし、日常でこれは例外です。
人間社会、大なり小なりの紹介ごとは、ビジネスや個人の間で生れます。

「○○さんをご紹介します。よろしくお願いいたします」 と書き添えた名刺をいただく。先方にお渡しするまで、決して汚さないよう、ていねいに保管して、使わせてていただく。

紹介された相手の方がきちんとしていれば、
「あなたが紹介してきた方と会いました。これこれのことを話しましたよ」と報告をすると思います。それ以降は、両者での交流です。

この礼儀が、最近はおかしくなっています。
紹介を頼むのは、自分に必要だからで、自分が知らない、または、持たないものを、持っている人にお借りしたい、とお願いするわけで、別な言い方をすれば、お願いした人の信用をお借りするのです。借金は、お金だけではありません。

これを、紹介してもらうのは当たり前と気軽に考えている人が最近は、多いですね。 気軽にいう人ほど、事後報告など考えてもいないようです。後始末をしないのです。
このような人は、いわゆる半人前で、特にビジネスの世界では、命取りになりかねません。信用とローマは一日にしてならず、 です。  
 
(あるセミナーでの塩入の講義の一部)

テレビへのつぶやき

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マスメディアの最たるものは、時間的即効性と視覚的効果から、なんといってもテレビジョンでしょう。

最たるものは、当然、影響力も大きい。

大きい影響力に反比例して、このところ、放送内容が年々、質的に貧弱になってきているのは、だれもが認めるところではないか。

食べている場面、飲食店紹介、クイズ、漢字あてっこ、書き取りごっこなどが急激に増えて、ドラマやていねいに作られたドキュメンタリーが激減した。スポンサーが減り、制作費の問題であることは自明で、「貧すれば鈍す」というところに簡単に行き着いてしまっている。

久しぶりに帰国した日本人は、日本のテレビは、食べているか、ゲラゲラと出演者自身が笑っているかの番組が多いのに驚くそうです。

残念ながら、内容だけではない。いや、これも当然内容のうちだが、今やタレント化したアナウンサーの質も落ちているように思える。
大学を出て、大変な競争率の網をくぐりぬけて採用された方々だと思うが、どうも基本的な訓練不足のまま画面に登場されているようだ。

一部のアナウンサーを除いて、おおむねは、率直に言って、発声が良くない。
口先でちょこちょこしゃべって、身体全体から声をだしていないので、声に説得力がない。
説得力が無いということは、こちら側に感動が伝わらないということです。

100字のニュースを伝えるにも、100字の内容を、アナウンサーたるものは、全身全霊で自分の持てる力を出し切って読んでほしいと思う。本当に全力をかけていれば、訓練不足も補ってあまりあるし、受けるほうもわかるのです。

文章の世界では、書き出しの1行に3か月かけている作家もいます。

アナウンサーはしゃべりのプロである。と同時に生身の人間であるから、あなたの人となりは、あなたが想像している以上に画面に出ている。
プロフェッショナルは、それだけの勉強と訓練を重ねる責任がある。と、私は考えます。焼き物の本物のプロは、はんぱ物は惜しげもなく打ち壊し、形を残さない。

官民を問わず、テレビは公共物で、スイッチを入れれば、いやでも顔を眺め、声を聞かなくてはならない。大げさな言い方をすれば、日本の未来を託す子どもたちにそのまま浸透していく怖さがある。

最後に、テレビ局に望むことは、

1 声質の良い人を採用してほしい。キーキー声の人をアナウンサーにしないこと。男性にはあまりいないが、女性には時々ひどい人がいる。これは、アナウンサーの第一条件。
  朝から晩までアナウンサーとつきあう視聴者の身にもなってください。
  最近、画面にはあまりお顔がでないが、NHKの加賀美幸子さんは、声質が人柄とあいまって、耳に快い話しぶりが素敵だと思う。 
 
2 当然、局としての訓練があるでしょう。まず、しゃべりのプロを養成。タレント化は、熟成されてからどうぞ。ろくにしゃべれない女子アナウンサーが「わたしきれい?」と表情が問いかけているのは、品がよくない。本業に励めば、いやでも美人になれます。
  
早朝、BSで外国のテレビニュースを見る習慣がある。イギリス、アメリカ、イタリア、ドイツなど、北朝鮮を除いて、各国の女性アナウンサーは、ファッションも素敵で堂々としており、成熟した大人の美しさがある。なにか安心感があるのです。日本にも匹敵する方がいるが、残念ながらほんの数人ですね。

3 質問内容で人間は頭の程度がわかる。
  子どもを交通事故で亡くした親にむかって、「いまのお気持ちは」などと愚問を発する人間を育てないこと。それはリポーターだとおっしゃるかもしれないが、リポーターもあなたの局所属です。

以上、意地悪おばさんのひとり言でした。

包装紙

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肉体は魂の入れ物だと思っている。
したがって、美しいほうがいい。デパートの包装紙も素敵なほうがいい。中身が立派に見える。

女性も男性もダイエットに気を使い、女性はとりわけお顔の手入れやエステに余念なく、
12万円を超える超高級薬用クリームや2万円の化粧水、3万円の乳液も売れているという。

ダイエットに浮き身をやつしながら、テレビではグルメ番組が盛んで、これでもか、と言うほど連日情報が流れる。ついつい食べたくなる。

主な駅なかには、女性がまとう衣装の洋服屋さんがあふれ、新宿駅なかにあった、手ごろなコーヒー店も洋服屋さんに変って、ちょっとお茶を飲みたいと思ってもままならぬ。要求があるからだろう。

女性の装う楽しみは本能的なもので、この楽しみに磨きをかけるのも生き甲斐のひとつである。最近は、新聞に男性ファッションも紹介されるようになり、景色のいい男性も増えた。
そのわりに、魂に磨きをかける現象があまりみられないのが残念である。という私もついつい、日々、これ怠惰と後悔の連続である。

ものをなくせば小さく失う
信用をなくせば大きく失う
勇気をなくせばすべてを失う
という、ジョン・エフ・ケネディの言葉がある。

勇気は、蛮勇をふるうことではない。
信念を行動に移すこと、とおきかえてもいい。
言葉では簡単だが、行いに映している人は少ない。

先ず、自分を信じることができない。自信がない。したがって行動できない。いい人になるのではなく、自信をもつ。自信をもつことで勇気がわく。どうしたら自信がもてるか。どうしたら自分を信じられるか。

地に足をつける。現実を見る。考える。ひたすら考える。アリの一歩でいいから歩き出す。歩き出さなくては進まない。その素は、他人に頼らず、他人のせいにしないで、自分の頭で考える。ひたすら、考える。比較をしない。われここにありである。

間違ってもいいではないか。
笑われてもいい、年を重ねても解った振りをしない(これも勇気)、右往左往でもいい。考える。

考えるためには、自分の物差しだけでは不足だ。読書が不可欠。先人の考えとじっくり向き合う。そこで自分の思考が試される。1200円で向き合える。200円でも向き合える。12万円のクリームなら1200円の本が100冊買える。

こんな安い価格で素晴らしい頭脳と対話できる。数々の先人、今を生きる人と対話をしていると、目に輝きがあふれる。

精神に泉が湧くからだ。

自分のなかの宝物が何か、少しずつわかってくる。精神が磨かれる。精神が磨かれると、自分の中に自分という根っこができる。その根っこにさらに養分を与える。いくつからでも始められる。年齢は関係ない。

精神を磨くと、磨いている人がわかるようになる。

免疫学者で詩人で、能の脚本も書く、多彩な活動をされた、故多田富雄さんは、白洲正子の書物を読んで感激して手紙を書いた。それまで一面識もなかった二人は,以来、白洲正子が亡くなるまで、親交を結んだ。

人生の醍醐味のひとつである。

包装紙である肉体も、美しいほうがいい。しかし、精神の輝きは、包装紙を突き抜けて、どうしようもなく滲みでる。きれいな人、美しい人、麗しい人の違いもわかってくる。 

さて、どちらを先にしたらいいのだろう。

入舞(いりまい)

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免疫学者の多田富雄さんと臨床心理学者河合隼雄さんの対談(河合隼雄著『「老いる」とはどういうことか』講談社+α文庫)の中に、世阿弥が老いの「入舞」というとてもきれいな言葉を使っている、という多田さんの話がある。

「舞楽などで舞人が舞い終わって舞台から降りて引き揚げるときに、もう一度舞台に戻って名残を惜しむかのようにひと舞い、舞ってから引き揚げる。それを「入舞」と言うのだそうです。
年をとってからもうひとつ創造的なことをして、それを「入舞」とするというのは素晴らしいことですね」
と、能の脚本も書かれている、多田さんはいう。

さらに、続けて、
「世阿弥によれば経験を積むことを「功」と言うんだそうです。功を積んで老人になるんだけれども、その功に安住するとまったく進展がない。それを
「住功」といって嫌うなりと入舞の話の前に書いています。
経験を積んでもそれに安住しないで常に創造的なことを求め続け、その上で最後のひと舞をして引き揚げなさいということを言っているんだろうと思うんです」

これに対して、河合さんは、
「結局お年寄りがなんで嫌われるかというと、功に安住するからですね。昔あれをやったとか、すぐ言いだすから」と、なかなか手厳しい。

自宅のアパートでもそんな現象がある。
定年後多額の年金受給で悠々自適暮しの男性が多い。同じ棟に住んでいるのでまったく見ず知らずではない。エレベーターに乗り合わせて、「こんにちは」と挨拶しても黙っているか、無言で頭を20度くらい下げるだけ。口がないのかなあ、とあまりいい気分ではない。過去に大会社で部下から頭を下げられていても、現在はちがう。
過去が捨てきれていないのは、比較的、男性に多いようだ。これも世阿弥のいう「住功」のマイナス現象ではないか。

過去の「功」に安住するな、を基本理念として、素晴らしい成果を挙げているのが、アメリカ「マサチューセッツ工科大学のMITメディアラボ研究所」である。
理念として「過去の成功を捨てないと新しいものができない。固まった考えを壊し、異質の考えが繋がることで化学反応をおこし、新しいものを造っていこう。ピンチのときこそ攻めの姿勢を」と1985年に設立された。
現4代目所長は、2011年に日本人の伊藤譲一氏が就任。研究グループの大部分は人間とコンピューターの協調をテーマにしている、という。発展途上国の技術開発も目的の一つで、100ドルパソコンなども開発。経済基盤は、企業から年間1500万円の寄付により運営、ただし、企業は一切、干渉なしで、研究成果が企業と一致すれば、無料で使用可能。という明快ですがすがしい研究所である。人間とコンピューターに大いなる未来を抱かせてくれる、と思いませんか。

 今から約600年前、1400年代、室町時代に生きた世阿弥は、「自作の能を自身が演じて自己の理想とする美を舞台上に現出し、その体験に基づく芸論をも残したのが世阿弥である。演者と作者と理論家とを一身に兼ねたわけで、世界の文芸史上にも稀な天才」(世界大百科事典:平凡社)である世阿弥の人間観察は、21世紀にも生きている。

河合さんも多田さんも故人になられた。

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